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ウラノスの憂鬱


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7月12日(木) 晴れ

久しぶりにとりとめもない文章を書きたくなった。
たまには、思いついた言葉をそのまま書くことも必要であろう。
結婚し、もうすぐ子どもが産まれることになった。
5年前には考えられなかったことだ。
楽しみである反面不安もある。
いよいよ自分が見る世界が身の回りの実際的なものになってきた。
この社会がどうとかいう小難しい世界はどこかへ行き、
安定した収入を得るためにはどうすればよいか、
保険は何に入ればよいか、
国産大豆を使った納豆はどのメーカーか、
などと言ったことに頭を働かせるようになった。。。

何かもっと書きたいことがあったような気がするが、
忘れてしまった。
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20180619

随分と色々なことが変わっていった。
あることは色褪せ、あることは相変わらずドラマチックであったりする。
様々な心動かすもの-結婚などのライフイベントや芸術作品-は既知の枠組みに留まる程度のものに成り下がるものが大半だが、たまにどうしようもなく心を揺り動かすものもある。
その中で最も強い類のものは、喜びの共感であるような気がする。目の前に喜びの涙を流している人ほど心動かす出来事はない。一緒に喜ぶこと、一緒に泣くこと、一緒にご飯を食べること、そういうことに心が動かされる。
尤も悪い方向でもそうだが。
共感—臨機応変に変わる—とビジネスマインド—目的的な進め方—の塩梅が難しい。
20歳頃と比べると悩みは幾分か切実なー即座に肌にナイフがあたるようなー領域に入ってきた。
いずれにしろ、人との関わりが大きな問題だ。
今日はそのような悩みで、BECKというドイツビールをドミトリーのベッドの上で飲み干した。
金を稼がなければそれは遊びで家族を持つ者にとって許されることではないのか?

2月28日(火)

九州に来ている。

久留米駅前でレンタカーを借りる。
山奥に行った後、
久留米で予約したAirB&Bの宿に向かう。

見たことのあるような、駅前の広場。
懐かしいような、高架下と駐車場。
心を締め付けるコインランドリーと公園。
ディスカウントのスーパー。
老夫婦ととんこつラーメン屋。
コンビニと高校生と夕日。
買い物帰りの軽自動車。
オートバックスと国道。

次の日の朝、うきは市へ向かう。
コンビニとトラック。
ローソンと地元の奥様の店員。
川沿いと堤防道路。
棚田とコンクリート。
おじいさんとイノシシ肉。

しなびたホテルとフィリピンパブ。
田舎のおじいさんと高級車。
護岸と群がるカモ。
対岸のマンションと住宅地。
8時で閉まる鶏居酒屋と、持ち帰りを注文する主婦。
3人のおじさん労働者。
子連れのお父さん。

心に迫るのは、どうしようもなく、
こういう風景だなあと思う。


20170222

久しぶりにブログを書く。
昔作った曲聴き、撮った写真を眺めていて、過去の自分の感情を追体験していた。
研究室にいた時に答えの出ないことで悩み、相当辛かったことや、鬱屈としたドロドロした感情があったことを思い返していた。
同時に、行き場のない感情や思いをぶつけるエネルギーや、美しい心象風景を感じた。

あの頃から自分の内面を振り返ることは格段に減った。
職場環境を変え、自分がやりたい仕事をするようになった。
自分ができることとできないことを知るようになった。
大切な人と出会い、自分のためだけの人生ではないことを知った。
行き場のないエネルギーを心の内に抱えていた頃を懐かしく思うこともある。
なぜ生きているのか、ということを真剣に考えていた。
友人の家に夜な夜なビールを片手に訪れ、生きている意味は大切な人がいることでしか見出せないと言ったこともあるような気がする。
ともに生きていこうと思った人と出会うことができた。
一生仕事にしようと思う機会にも恵まれた。
不透明なことは多いけれど、これ以上の幸運な境遇にいることを8年前の自分に言うと驚くだろう。

1/19(火)

祖母が入院したので、お見舞いに行った。
祖母はベッドで寝たきりになっていた。
目がキラキラしていて顔は少しふっくらしていた。話しかける言葉に対して、少しうつろな反応で、時々襲う痛みに顔をしかめていた。
「入院してから何日経ったかなぁ」と聞かれて少し複雑な気分になった。入院すると言う事はこういう事なんだと思った。
「痛みが取れたら家に帰れるのになぁ」と不安そうに言っていたけれども、祖母以外の皆は退院できる見込みが少ないことを知っている。
もしかしたら本人もそのことに気づいていたのかもしれない。
少し、悲しくなった。

実家に帰ると、母親がおでんを作ってくれていた。
大根が新鮮で美味しいからと、大根サラダを作ってくれた。
とても美味しかった。
父親は、相変わらず、発泡酒を呑んでいた。昨日の晩ご飯のピザをチンしてハバネロソースと一緒に持ってきてくれた。
とても美味しかった。
いつも聞こえてくるテレビの大きな音が聞こえてこなかった。
祖母がいないことと、祖母がいないことで、母親が、祖母のように感じてしまうことに、自分の年齢を感じた。
親との関係性はあまり変わらないけども、歳を重ねている、ということを否応なく突きつけられた感傷的な帰省だった。
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岩倉玲音

Author:岩倉玲音
25歳の、、、何でしょうか?

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