ウラノスの憂鬱 - 未分類

ウラノスの憂鬱

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20170222

久しぶりにブログを書く。
昔作った曲聴き、撮った写真を眺めていて、過去の自分の感情を追体験していた。
研究室にいた時に答えの出ないことで悩み、相当辛かったことや、鬱屈としたドロドロした感情があったことを思い返していた。
同時に、行き場のない感情や思いをぶつけるエネルギーや、美しい心象風景を感じた。

あの頃から自分の内面を振り返ることは格段に減った。
職場環境を変え、自分がやりたい仕事をするようになった。
自分ができることとできないことを知るようになった。
大切な人と出会い、自分のためだけの人生ではないことを知った。
行き場のないエネルギーを心の内に抱えていた頃を懐かしく思うこともある。
なぜ生きているのか、ということを真剣に考えていた。
友人の家に夜な夜なビールを片手に訪れ、生きている意味は大切な人がいることでしか見出せないと言ったこともあるような気がする。
ともに生きていこうと思った人と出会うことができた。
一生仕事にしようと思う機会にも恵まれた。
不透明なことは多いけれど、これ以上の幸運な境遇にいることを8年前の自分に言うと驚くだろう。
 
 

1/19(火)

祖母が入院したので、お見舞いに行った。
祖母はベッドで寝たきりになっていた。
目がキラキラしていて顔は少しふっくらしていた。話しかける言葉に対して、少しうつろな反応で、時々襲う痛みに顔をしかめていた。
「入院してから何日経ったかなぁ」と聞かれて少し複雑な気分になった。入院すると言う事はこういう事なんだと思った。
「痛みが取れたら家に帰れるのになぁ」と不安そうに言っていたけれども、祖母以外の皆は退院できる見込みが少ないことを知っている。
もしかしたら本人もそのことに気づいていたのかもしれない。
少し、悲しくなった。

実家に帰ると、母親がおでんを作ってくれていた。
大根が新鮮で美味しいからと、大根サラダを作ってくれた。
とても美味しかった。
父親は、相変わらず、発泡酒を呑んでいた。昨日の晩ご飯のピザをチンしてハバネロソースと一緒に持ってきてくれた。
とても美味しかった。
いつも聞こえてくるテレビの大きな音が聞こえてこなかった。
祖母がいないことと、祖母がいないことで、母親が、祖母のように感じてしまうことに、自分の年齢を感じた。
親との関係性はあまり変わらないけども、歳を重ねている、ということを否応なく突きつけられた感傷的な帰省だった。
 
 

6/26(金)

もう6月が終わる。長らくここに記事を書いていなかったのは、鬱々としたエネルギーがなくなってきたからだと思う。自分を客観的に見られるようになり、思い悩むことがなくなってきた。自分の内部へ向けるエネルギーが外部に向けられるようになってきた。それは大切な関係を築ける人と出会えたからかもしれないし、ただ単に仕事で忙しいからかもしれない。

将来のことを本格的に考える歳になってきた。今の職場で馬車馬のように一生働く気はなく、いずれ学生の頃から関わってきたことを仕事にしようと思っている。
ただしそうなると大切なパートナーとどう歩んでいけるのか、生活できるのか、先行き不透明だ。
今までの人生は自分のことだけを考えていればそれでよかったけれども、もうそうではないのだ。と思った。
 
 

4/23(水)

先々週に休養がてら、京都に桜を見に帰った。
土曜日の朝遅くに起きて、家を出ようとすると、父も桜を見に行くと言うので、宝ヶ池公園まで一緒に見に行った。
道すがら、近所の人が美味しいという蕎麦屋でざる蕎麦を食べた。
昔通っていた中学のそばにある店だが、正直、つなぎが多すぎてあまり美味しいとは言えない。
しかし普通の住宅地の一角にある、きどらない雰囲気が居心地よい。
宝ヶ池公園は、孫と遊ぶ祖父母や、カップルや、女性のグループがちらほらいただけで、哲学の道や、川端通りにいる桜を見る人のにぎわいに毎年辟易する身としては、ほどよい花見場所と言えた。
上野公園のように、とにかく密に植わる桜を楽しむというわけではなく、まばらに植わる桜をランドスケープの一部分として楽しむスタイルなので、派手なソメイヨシノはあまり似合わないのかもしれないと思ったりもした。
ソメイヨシノは、どうも華やかすぎて、あまり好きになれない。
ソメイヨシノは、一瞬に咲き散らすことが美学のように語られるけれども、この方は品種改良して、周囲の土の栄養分をずいずい吸い取る桜界のサイボーグなのだから。
しかしサイボーグ桜も映える場所があって、どんちゃん騒ぎの大好きな人達が集まる飛鳥山や上野公園のソメイヨシノはそういう花見の雰囲気にとても合っている。
とはいえ山の中にひっそりと咲く山桜がやはり好きだ。吉野山の桜は一度は見に行かねばなるまい。
松ヶ崎の浄水場の近くの桜もきれいだった。

名古屋に住んでから京都に帰る度に京都は人を惹きつける魅力があると感じるようになったのだけれど、ちょっとした水路の脇に草が生えていて桜が咲いている、というような、住宅地にたまに現れる隙間がとても多いからではないだろうかと思う。まちの中にさりげなく山が入り込んでいるというというところに、どうあってもとれない染みのような人間臭さが感じられる。
その点、名古屋には、そういう隙が駐車場で占められていて、あまり愛着が持てない。
住みにくくはないけれど、離れるときは何の未練もなく離れられるようなとても都合のよいまちだ。
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2/5(水)

月明かりしかない夜に道が分からなくなれば、北極星を見つけることで、自分の進むべき方向が分かる。
死ぬほど辛いことは、進むべき道が分からなくなることだが、ふとしたときにそれを恐れて暗闇の中を高速で進む電車に乗ることの恐ろしさが襲う。
電車が止まっている時間が短ければ短いほど、自省するときの苦しみが大きい。

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