ウラノスの憂鬱 - 漫画

ウラノスの憂鬱

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なるたる


なるたる(11) (アフタヌーンKC)なるたる(11) (アフタヌーンKC)
(2003/07/23)
鬼頭 莫宏

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※ネタばれあります。

■初めて、大人買いをした。
■虚無へ収斂する破壊と混沌へ拡散する創造。世界の破壊と創造。
■全てが心地良い。命はいくらでも代わりがあるから命たりえる。
■シイナが貝塚ひろ子をほし丸で間接的に殺す、貝塚ひろ子がいじめっ子を殺す、佐倉がナイフで父を殺す、直角が銃で少年を殺す、小森が小野さんをプッシュダガーで殺す、小沢さんがアマポーラで、文吾がハイヌウェレで自衛隊員を殺す、宮子が、ジェーンが、鶴丸が、涅さんが・・・そして、地球の脳神経器官となるべき二人を除いて、全て次の世界のために死ぬ。
■どの死も、理不尽ながら、命が命足りうる条件を備えていると思う。でも、小骨がささったような違和感がある。古賀のり夫。彼の死だけは許せない。のり夫だけが、解体され、球体間接人形の頭になるという凄惨な死を遂げる。許せない、という感情が真っ先に浮かぶのは、本筋とは関係ないヤクザに解体され、殺されることだけが理由ではない気がする。
■自分の中で噛み合わない価値観が同時に登場することが気持ち悪い。人、死→人形、美。シイナが自分の名の本当の意味を知ったときの回想の数少ないシーンに一人、のり夫だけが、死体で登場する。のり夫は他の人とは全く違い、その美をひけらかすためだけに死んだのかと思うと
■とても、吐きそうだ。
Firewater
 
 

BLAME!

BLAME!(10) (アフタヌーンKC)BLAME!(10) (アフタヌーンKC)
(2003/09/22)
弐瓶 勉

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■もうすぐ23歳になる。21歳になった頃から薄々感じていたことだが、映画や小説など様々な作品に出会っても作品世界に心酔することが無くなってきた。もちろん、涙を流すような作品にも出会うけど、自分の世界が広がるという高揚感はない。周囲が既知の空間にすっぽり収まるという感覚だ。周囲とは社会的な制約で、自分に関する客観的な事実で、想像の域を超えない作品の系譜だ。
■本当に心を震わす作品は自分が追い詰められている状態の息抜きのときに出会うことが多いように思う。僕は高校3年生の頃、センター試験が終わった日にBLAME!を全巻買った。北山のヴィレッジ・ヴァンガードで。
■この漫画の想像力の爆発は一体何なんだろうと思う。無限のメガストラクチャーと緻密なディテールが掛け合わさって頭がパンクしそうになる。それと、洗練されたデザイン。作者は建築学科にいただけあって、空間が美しい。建築物は人のために作られるが、暴走した建設者が月を飲み込んでもなお作り続ける建築物は何のためでもない。そのような建築物の内部の空間がモダニズム建築のように幾何学的なオブジェクトの配置によって生まれる緊張感を有しているとしたら。それがさらにこれからもこれまでも人が居た形跡のない廃墟の様相を呈しているとしたら、どんな感覚をもたらすのだろうか。崇高。美。畏怖。Turnerの「修道院廃墟の美」を見たときに感じる崇高さと美の拮抗には絡まる蔦と庭園の水と緑が添えてある。ベクシンスキーの描く絵でさえ、グロテスクながら人と埃がある。過去も現在も未来も感じさせない、感じるのは当たり前のように存在するテクノロジーの暴走。そのような空間で感じるのはア・プリオリで理性的な美か、畏怖による崇高さか。わからない。
Tiësto - Magik Journey