ウラノスの憂鬱 - 2010年01月

ウラノスの憂鬱

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幼稚なナルシシズム

薄ら笑いを浮かべる人は幼稚なナルシシズムを抱えているという。自分の心を守るための機構が非常に未熟な状態で現実に適応できない。そのような人は家庭環境が荒れていた、または小さなころから怒られた経験が少ない。
青年期におけるナルシシズムの特徴は
・社会的地位や目標の達成により自分の満足と周囲の注目を得ようとすること
・他人の感情に鈍感で感情移入が少ないこと
・日常生活における自分の役割について過剰に他人に依存すること。
また、ナルシシストは自尊心の働きで、自他を観念的にきわめて重く見ること(観念化)と、逆に軽く見ること(デバリュエーション)の間で揺れ動く。そして、人や国家を良いものと悪いものが混ざったものとしてみることが出来ない。(Wikipedia)

人格障害の原因とも言われるナルシシズムを克服するには自分の心が痛んでいるときにきちんと向き合ってきたか、ということの蓄積が非常に重要であると思う。
現実と折り合いをつけるために。
折り合いをつけるとは何かを諦めるというニュアンスに感じられるが、自己実現、ひとびとの幸せのために、とか何でもいいだろう。とにかく、何かを円滑に進めるための手段であることは間違いない。


T君に教えてもらい、ニコニコ生放送を見ている。
雑談、DJ、女子高生、車載、文学、マンガ、アニメ、オタク、キャバ女、チャラ男、映画。
意味の無いグダグダの日常会話を見ているときに今までに味わったことのない感覚になる。
最初は気持ち悪いが、だんだん心地よくなってくる。
ボクの部屋にあるのと同じ机がある。寺山修司、けいおんの話題が繰り広げられている。
全然関係ないところで興味あることが意味もなく話題になっているのが楽しい。
 
 

ラブが死んだ。
中学2年のときから飼っていたラブラドールだ。
とても悲しい。
 
 

ショーペンハウアーから、厭世主義(ペシミズム)の萌芽が見られた。
ショーペンハウアーによると、世界を動かしているのは「生きるという意志」のみである。
けれど、その意志に究極の目的はなく、あったとしても、すぐに欲望がその目的を乱していく。
それゆえ、意志は「生の欲望と苦悩」から離れることなく、その意志が世界の表象のすべてだ。
それはロマン主義である。ロマン主義とは矛盾と葛藤にさいなまれた現実の奥に全体としての理想の流れがあり、それをとりだして没入することを言う。
しかし、ロマン主義は自身の苦悩や欠陥を世界の本質に由来するものとして責任逃れし、世界と折り合うことのできる慰みを得るためである。
ロマン主義から脱するにはどうすればよいのか。
ギリシャ精神の中のディオニュソスに答えがあるようだ。
ニーチェによると、ギリシャ精神の中には理性を司る神「アポロン」的なものと、情動を司る神「ディオニュソス」的なものの対比が見られる。
アポロンは個の殻に閉じこもり、ディオニュソスはその殻を破る。

ギリシャ悲劇の中にはアポロンとディオニュソスが絡まっている。
悲劇では抗うことのできない運命に押しつぶされる痛みや悲しみが描かれる。
しかし、一方で陽に当たる者も描かれる。
この対比が感動を生む。「生」を漲らしている。
そこに「生きる」という充実が書かれているからである。
ここに「悲しみ」と「生の充実」が必ずしも対立しないことがわかる。

そして、病的なイメージを持つ悲劇と苦悩と陽気で活発なディオニュソスの繋がりがペシミズム脱却につながるのである。



と、いうことを「古代の神々」の授業で発表した。
しかし、なぜ、病的なイメージを持つ悲劇と苦悩と陽気で活発なディオニュソスの繋がりがペシミズム脱却につながるのか・・・