ウラノスの憂鬱 - 2010年03月

ウラノスの憂鬱

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渋谷駅から徒歩7分、代官山のAIRというクラブに友人が出演するというので聞きにいく。なかなかデかい箱なので出世したもんだなあと感心の意を伝えたところ、「リスナーになったんかい!」と突っ込まれた。「うん、それプラスナンパ!」と答えたが、結局SM野郎にムチで殴られただけ。だって「友達おいていていいの?」と優しく断られるのがオチだからね。ふん。自分、誘われたら放っておくくせに。この2ヶ月、引きこもりは引きこもり、他人との必要最低限のコミュニケーションも面倒くさく、人目を忍んで飯を食う意味を理解したのが4週間前、孤独の綱渡りを実行したのが2週間前であった。そういう特別に不変な「日常」ではクラブのような非日常の刺激は一層強い。尚更、季節外れの寒さの中で渋谷駅南口から続く夜桜を見たあとでは。クラブに入ると頭皮にくる分厚い振動。この音はアタックとリリースが長い正弦波のベースにバスドラムを重ね合わせたもの。時折、ホワイトノイズが入ると思うとスモークがかかる。周囲にはカメラと同じ、水銀灯のフラッシュが数秒に一度光る。これによって何だか自分が違う世界にいるような気がする。身体の表面でも感じられるような濃密な空気のうねりと、固定された,数秒前の世界。笑顔。そして朝、東京工業大学に行く。橋爪大三郎先生(もう退官される?)と桑子先生がいる。朝は爽やかでやっぱりまぶしい。でも少し気分が少し悪い。少し、呑みすぎたようだ。12時頃、眠くなるだろう、そして疲れてくるだろうな、と思った。
 
 

Ustreamという動画共有サイトを見つけた。http://www.ustream.tv/
ニコニコ動画の元ねた?
世界中の生放送が見られておもしろい。
おっ!aurtechreのnew album(over steps CD未発売)を流している人がいるではないか!
しかし、音がくそ悪い。
ニコニコ動画はもっと良かった気がするけど。
規制がない分、制限容量が小さいのかな。



初音ミクをこの前注文したのでこれを機にコードを勉強しようと思う。
今まで全く勉強していなかったので、安易なループに逃げるというテで逃げていたのだ。
とりあえず、坂本龍一のコードを勉強しようと思う。
だいぶ前「坂本龍一の音楽」という本でコードの話がでてきて、フムフムと読んでいたが、奥が深そう。(そりゃあギター弾くときはコードをまず覚えるらしいからな)
教授・坂本龍一は俺はドビュッシーの生まれ変わりじゃないか?と思っているほどドビュッシーが好きらしい。
確かに、ドビュッシーは他と違い、幻想的で、表現が幅広いという印象がある。
繊細な、という意味ではロマン派のショパンと通じるところがある、と僕は思っているのだけれど、革新的に違うらしい。
去年、授業で習ったオーケストラの平易な歴史に僕の主観をいれて言うと、
ラヴェル
ヴィヴァルディ
バッハ
ハイドン
というバロックの時代がある。チェンバロで演奏されると美しい。数学的な音。特にバッハが練習曲用に書き下ろした平均律はメロディーが何度も繰り返し挿入されて、美しい音色を奏でる。単調の方が重みがあって個人的には好み。
モーツァルト
という古典的な時代がある。
その後、
ベートーヴェン
により、自分の感情を表現するといった手法などで、古典派からロマン派への橋渡しが行われる。情熱的なメロディーはときどき退屈だが、その無骨な感じにベートーヴェンの燃え上がるような情熱が感じられるようでいい。ちなみに、ベートーヴェンはピアノの足を外してねっころがって作曲していたらしい。その後
ベルリオーズ
ワーグナー
によってハーモニーが極限まで開発される。ハーモニーというのは協和音で周波数の比が整数比になるということ。ワーグナーはニーチェが大好きだったけれど、それはワーグナーがロマン主義者であったということだろうけど、それがなぜ、あんな意気揚々とした曲にむすびつくのだろうか分からない。ヒットラーも好きだったし「地獄の黙示録」でイカレた中佐が爆撃するときにも登場する。
ヨハン・シュトラウス
ブラームス
チャイコフスキー
と続き、
ドビュッシー
によって今までの音楽の文法構造が変えられる。和音とされなかった音を和音にしたということだろう。中学の頃に見た「オーシャンズ11」の最後、犯罪を成し遂げた仲間たちが噴水に集まり、それぞれ、静かに立ち去って行くときに「月の光」がかかっていたのが心に残っている。感傷的で、でも悲観的じゃない、これぞ美しい!という曲。
なぜ、幻想的なのか。

坂本龍一の「戦場のメリークリスマス」は少し悲しみのまじった「月の光」という感じがする。

あとは川井憲次の「和」なコードを真似せねば。沖縄のコードのように、西洋からすれば抜けたところのある表現であるのではないだろうか。

初音ミクを歌わせるのに、オタクのオナニーネタになってはいけない。
愛好家たちは「人間ではない私が歌う歌」という共通のテーマを見出した。
人間の代替物ではなく、はちゅね!
ニコニコ動画の「ぼうよみちゃん」は、人間を真似するのではない、機械的であるからこそ、「かわいい」と思える。
健気でかわいい。何て健気なんだ!
初音ミクでヒットしている曲はどれも切ない。=萌え
一曲の中ではちゅねのストーリが完結している。
ヤスオ作「えれくとりっく・えんじぇぅ」という曲が好きだが、「あなたといられるそれだけででんしのこころふるえるよ」これは・・・恋?
一ノ瀬響先生はこの状況を「これからは、私たちが「歌う機械」のように歌おうとするのだろう。」とおっしゃっている。
コジューヴが、人間が動物化する過程を、「歴史の終わりのあと、人間は彼らの記念碑や橋やトンネルを建設するとしても、それは鳥が巣を作り蜘蛛が蜘蛛の巣を張るようなものであり、蛙や蝉のようにコンサートを開き、子供の動物が遊ぶように遊び、大人の獣がするように性欲を発散するようなものであろう。」
と言っている。これになぞらえているのだろう。
はちゅねミクという与えられた環境を否定する!その行為がなければ人間ではないのだろう。
ま、でも動物でいっか!
動物になって、アート・ミュージックではなく、コマーシャル・ミュージックを制作する。しかし、動物になるにしても体力がないとできないからなあ。

 
 

前週、パソコンが壊れたので今までのデータがとんだ。
授業のレポート、itunesのデータなどそんなに要るものではないものが多かった(無くなって必要のなさに気づいた)ので、大したことはない。もしかしたら、仕事以外で無くなってはいけないデータなんかないのではないかと思った。
強いて言うならば、作曲のデータがとんだことが痛いが、また作ればいい。

ここ3日間ほど、家に籠もっているので、パソコンの画面が唯一の社会とつながる窓になっている。
履歴を見ると、土曜日の夕方から今までアクセスしたページ数は、およそ1800ということがわかった。
何しろ分からない単語やふと調べたいことがあるとすぐに調べるものだから、こんなになってしまう。
東浩紀が出演している、ニコ生のベーシックインカムや朝生の番組。
宮台真司の社会学に関するblogやマル激トークオンデマンド。
同人誌やアニメに関する情報。
それらを読んだり、聞いたりしながら、

学問のススメhttp://www.jfn.co.jp/susume/
松岡正剛、ドナルド・キーン、平野啓一郎、山田詠美、池澤夏樹、隈研吾、岡田斗司夫、など豪華な面子。パーソナリティーの蒲田健さんの声がダンディー。松岡正剛先生の声が一番ダンディー。
文化系トークラジオライフhttp://www.tbsradio.jp/life/index.html
思想からサブカルまで、基本的な仕組みの勉強になる。パーソナリティーの鈴木謙介関大助教が社会学者なので世の中の動きを背後から理解できそう。
CNNニュースhttp://www.cnn.com/services/podcasting/
リスニングの勉強になるが、情報量少なし。
DJhttp://www.residentadvisor.net/
一流(らしい)のDJの1時間分のプレイを聞ける。ときどき、飽きるが、他のサイトと比べてクオリティが高いように思う。しかし、こういうハウス?を聞いてると去年、taico clubでRicardo Villalobosを聞いておけばよかったなー、と思う。そうすれば、もっと耳が肥えていたはずなのに。僕はそのとき寝ていたのだ!
のpodcastを聞く。

TED(講演会)http://www.ted.com/translate/languages/jpn
アメリカ人の金持ちサークルの講演会のようだが、スティーブン・ホーキング、U2のボノも出ていてタダで聞くにはおいしい。しかし、皆早口でプレゼンがうまい。
を見る。
常にtwitterは開く。ブログにはない、バグのような情報があっておもしろい。


・アニメ
今クール一番力が入っている「とある科学の超電磁砲」はOPが戦闘シーン満載に変わったというのに、だらだらしていておもしろくなくなった。大体、寮長が安易にデレすぎたり、学園祭で美琴がヴァイオリン弾くだけって何やねん。最初の方はおもしろかったのに、エリートの超能力使いと落ちこぼれの不良の図が安易すぎてあーあって感じ。どんだけスラムがあるねん。あと、ニュータウン的失敗で絶対に人は集まらなさそうやのに、人がたくさんいて違和感がある。夏祭りの回(20話)での屋台にはびっくりした。エリートの美琴が落ちこぼれに「なら、もう一回がんばろうよ!」って励ますだけ?!これなら「けいおん!」のほうが1000倍おもしろいよ!「らき☆すた」は文句なしにおもしろい。「くさくってさー」。「化物語」は戦場ヶ原がかわいくて、シャフトの演出がきれいでおもしろかった!洗練された電線はきれいやなー。


・同人誌
良い同人誌を探していたらTonyさんhttp://www.bekkoame.ne.jp/i/taka_tony/
と偽MIDI泥の会http://bupo.jp/ishikei/
の作品がすばらしかった。偶然発見したが、とらのあな売り上げランキングを見ると常連さんだったので、なんだかちょっと悲しかった。

・ベーシックインカム

月に一人当たり5,6万円を支給することによって、社会保障とするもの。これによって市場の競争に負けた人の命を守ることができる。また、有効需要を適度に維持することができるため、持続可能な経済、つまり環境問題を解決することもできるかもしれないと考えられている。ムダに新しい需要を増やす必要がなくなるからだ。驚くことに、ブラジルでは2004年にBI法が制定されているらしい。この番組は素人くささ丸出しで、メンバーがとても濃いのでおもしろかった。特に法政大学の白田英彰准教授は濃かった。和装で、丸めがね。頭の回転はとても早いのだけれど、「わかった!大きな声で喋ったらいいんだ!」と子どもみたいだった。白田准教授によると、世の中には市場に向いている/向いていない/なじまないの三種類の仕事がある。橋を作るなど、短期的にも、長期的にも金銭的な価値だけで判断できないものは市場に当然なじまないだろう。地域に貢献する仕事、家事などお金が支払われない仕事が極端に衰退、軽視されている。昔からの祭りや伝統文化は博徒や流浪の民によって維持されてきたが、近代のシステムの中で居場所が無くなり、暴力団化していったことにも、市場だけでは維持できないが、必要な仕事がたくさんある。
同志社大学の山森亮専任教師がベーシックインカムの先駆的な研究者で、解説をしているが、「私も非常に疲れています。BIが入ったらすぐに、仕事をやめて、休みたいです。」と言っていて本当に疲れきっている。このように、仕事に急かされている状態のことをエーリッヒ・フロムという哲学者は病的な状態と言っていた。BIはぜひとも導入されるべき。

・朝生-若者の成長戦略-http://www.tv-asahi.co.jp/asanama/
winnyが叩かれ、youtubeは巨額のビジネスとなった。日本はアメリカの禁止制と違い、法律が許可制で、イノベーションが後手に回るケースが多い。これを促進させるためには最低限、政府が邪魔をしないように、なおかつ競争に負けても死なないセーフティーネットの整備が不可欠。あずまんの討論の強さが際立つ。哲学者、批評家からしてみれば、民主党も自民党も同じこと、というあずまんと民主党の生みの苦しみを知っている田原さんの反発、三菱UFJの水野和夫さんに対するホリエモンのバブルはなぜだめなのか説明してください!という異分野の衝突の緊張感があっておもしろかった。

・就職(文化系ラジオ、宮台真司教授bloghttp://www.miyadai.com/
成長する時代は終わり、一部の人しか求められない。つまり、情報を操作するシンボリックアナリストであり、残りは感情を売るインパーソンサービスの仕事である。
多くの人が「仕事での自己実現」を追及しなければならないと思っている。しかし、自己実現は仕事、消費のシステムを回す動機づけである。実存と社会を結びつける手段であり、これをポストフォード主義という。フォード主義においては構想と実行が分離していたが、グローバル化の生き残りをかけ、構想と実行が一致したポストフォード主義では社会システムがあるべき自己についての記述を量産する。多品種少量、高付加価値が当然となり、知的な関わりを通じて仕事の自己実現を目指さないといけなくなる。フォード主義においては、実行の人は立場が低く、冷たく見られることが多いが、市場の外では家族や地域の共同体に自分の居場所があった。しかし、ポストフォード主義においてはそのような共同体が解体され、その埋め合わせとして、消費による自己実現を行わなければならないようになった。それは、大半の人は仕事による自己実現は不可能がからだ。一部のエリートを除き、多くの人はコンビニに行き、萌えetcを消費する。現在では「役割とマニュアル」のコミュニケーションであるシステムが「善意と自発性」(近代的な)のコミュニケーションを包括するため、消費以外の居場所が無くなってしまった。
サラリーマンじゃなくても、会社に入ることが唯一の規範だと思っている、そのことがすでにその規範を作る側に回っていることなのだ。
・こんな閉塞感はあるけれど、会社に入ってみなければ分からないこともある。自己実現を無理に考えると、自分がやりたいことじゃないと思いつめて会社をやめてしまうこともあるだろう。人生は仕事だけじゃないし、先のことなんてわからない。なるがままに流されていくのがいいのではないだろうか。宮台教授が心に残ることを言っていた。秋葉原殺傷事件で犯人は俺はブサイクだからもてないと言っていたが、そうでもない。周りに、誰かお前はブサイクだからもてないわけじゃないと言ってくれる人が一人でもいたら思いつめることはなかったかもしれない。また、現実の人間との恋愛はいらない。萌えがあれば十分という人がいるが、そのような人は自分が死ぬときのことを考えて生きると良い。
・最近友人が死んだので、よくわかるが、自分が何も残さずに誰一人とも知られずに死ぬことはなんと恐ろしいことだろうかと思う。満足して死ねるように努力しなければならない。

・2008年を振り返り、森永卓郎教授が、ジーンとすることを言っていた。小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が日本に来たとき、人々が虫の音を皆で聞いている姿に感動したと。高層マンションから見える夜景よりもこっちのほうがよっぽど豊かだ。利益をあげるために汚染米を売る、従業員より株主を優先する、大学が学費で集めた資金を投資する、確かになんか間違ってる。