ウラノスの憂鬱 - 2010年07月

ウラノスの憂鬱

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高校のときの友人が死んだ。
死因はまだわからない。
そんなに親しくなかったからか、悲しくはない。
ただ、思い出の中のそいつがぽっかりいなくなったという実感だけがある。
1ヶ月前までmixiで日記を書いていたと思うのだが、アカウントも無くなっている。
存在の不条理さというのは、こういうことなのだろうかと思う。
突然、居なくなることがある。
生きることが幸せを達成するためだとするならば?
幸せとはどういうことか?それを達成することはできない。
なぜなら、生きているだけで幸せだからだ。
誰にも等しく訪れる死によってのみ生を判断することができる。
それは、よっぽどの命の危険か、近しい人の死によってしかわからないのだろうと思う。
それでも、自分のために友人の死を思い返そうと思う。
君がいなくなっても世界は回る。
 
 

1-1

動物と人間の違いは何かという問いに、動物は環境をそのまま受け入れるが、人間は自分の意志で変えるということをどこかで読んだ記憶がある。
人間はこの世界を知りたがる。なぜ、自分達は存在しているのか。なぜ、世界はこのようなかたちをしているのか。
そして、それらの答えがないのと同様に、その動機に理由をつけることはできないだろう。