ウラノスの憂鬱 - 2011年02月

ウラノスの憂鬱

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Transition Dreams。

好きな音楽で知り合ったrekterさんにイラストをいただいたので、音を少しマスタリングし直して再UPします。


何でサムネイルが表示されない!

 
 

学士

 つい先日卒業論文を出し終わってちょっとした節目にいる。終わってみて学士、修士って案外すごいものだなと思った。限られた時間で、できるまで遠くまで走る競争のようだ。石川賞を取った先輩は止まることなく、ずっと走っていた。あまりにも長い時間、周りの人の走るところ(それは都市を解体し、積み上げることのように思うが)を見てきたので、その走りっぷりに感染してしまったように思う。それで熱を出すかどうかは自分にかかっているのだろう。反吐が出そうな言葉で熱を出すことをためらうのか、ぐちゃぐちゃにして再構築するか。
 とは言っても自分の考えや身体の一部が変わるということがどれほど難しいことかは身をもって実感している。でもとりあえず感染することを受け入れたのではないかな、と自分では思う。

 
 

人間って何?

■物事には規則があり、因果がある。だからこそ、電磁力と弱い核力が統一されるといった数学の論理を用いた宇宙を支配する世界の記述が可能になるのだと思う。空間と時間の関係や、電子の振る舞いが数式で記述でき、予測できるとしたら、神がこの世界を創造したと思っても不思議じゃない。
■でも、人間に関しては、因果関係は無いのだと強く思う。数式で表せないのだと思う。それは経済学のゲーム理論が特定の状況の元、有るか、無いかの01でしか人間をモデル化できなくて、事後報告でしかないこと。神経科学と結びついていない心理学が意識、無意識問わず被験者の発話でしか、状況を記述できないこと。を見てそう思う。(詳しくは知りませんが。)人間や人為の所産は文献を論理とモデルを統計で現象を記述することが多い。でも僕はこう思う。統計から、人の行動パタンの因子が分かった。分かった。のか?。。。刺激に対して一つの反応しか示さないのか?行動は今日の体調や、精神状態に大きく影響されるだろう?そしてそれは分からないだろう?都市モデルだってそうだ。経済だけに影響されるわけじゃないだろう?よく分からない統計で説明されるなら、小林秀雄や折口信夫や柳田国男や南方熊楠のエッセーの方がよほど納得がいく。
■人間を自然学的に記述するには、体内の化学物質の反応、脳内のネットワークパタンが解明されれば分かる?のか。グレッグ・イーガンの小説のように人間をパソコンでシミュレーションできるほどモデル化できたとしてもゴーストと言われる人間の魂は残る?のか。
■何を書いているかわからないな。最後に。風が吹けば桶屋は儲かった。で?