ウラノスの憂鬱 - 2013年06月

ウラノスの憂鬱

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6/21(金)

最近、時間がとても早く過ぎる。
最近、時間が経つのが早い。
最近、一日があっという間に終わる。
最近、気付いたら週末になっている。
最近、
社会人になってから、

時間の経過が早く感じられるのは、(そういえば、物事の状態を名詞化することが多い。分割しやすいのだろう。そういう状態である、ということより、そういうモノである、というラベルを貼り付けたほうが、要素に分割しやすく、それは、効率化するために分担するという目的に適っている)

充実した時間を自分が過ごしているか、と問われると、果たしてそうかもしれない。
次々に満たすべき欲望を見つけることができ、それを満たすことができる。
例え疎外感を感じていたとしても、無目的、機械的な役割に代替の可能性を強く感じたとしても、それすらも原動力にする、一時的な満足感はそこらに転がっている。

しかし、無為な時間を過ごしているときに感じる「苦しさ」を振り返ったとき、その時間を過ごしているときの充実感に勝る、自分を確立するしかとした足場は余りない。
無いものねだりであるが、高級な無いものとは、何にも心動かされない時期に感じる苦しさである。

多くの人の中で決まる相対的な役割と、それに伴って決まる予定。
自分の座標と動向が定まるにつれ、虚しさが増していく。

どのような環境にいようと、歯車を限界まで回し、今そのときの必死さで何もない部分を覆うことが、てっとり早い。
みっともない。メランコリックな思考がみっともないのは、目の前に起こっていることとは別に、自分が理想だと思っている世界があると思いつつ、それを実現する勇気がないからだ。