無料HP ウラノスの憂鬱 - 2013年08月

ウラノスの憂鬱


2013年08月 の記事一覧

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8/28(木)

この前、僕が小さい頃からお世話になっていたピアノの先生の旦那さんが亡くなった。
旦那さんは画家だった。
心臓の病を抱えていて、いつも発作を起こしていてよく入院されていた。
元気なときに、ニコニコしながら、「最近、どうですか」と話しかけてくれる姿が印象的だった。
僕はピアノを習うのを高校3年のときにやめたのだけれど、先生と旦那さんと食事をすることが度々あった。
そのときの戦争の話が特に印象に残っている。
旦那さんも戦争を体験していた。
シベリアに拘留されていた。牢屋では、絵が描けたおかげで、普通の捕虜よりもよい待遇だった。
似顔絵を描いて、パンをもらい、暖かい部屋で寝ることができた。
そのおかげで、それほどひどい目にあわずにすんだらしい。
印象に残っているのは、中国で、電話の交換手をしていた旦那さんの友人の話。
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BEATLESS

BEATLESSを読んだ。
様々な社会の営みをAIに委託する世界に起こる出来事が描かれている。
かなり多くのSF的ギミックが重層的に組み込まれていて、味わい深い。
あまりまとまっていないが、気になった点などを書こうと思う。
※ネタバレあり

「少年期の終わり」と物語の最後で言っているように、人間の知性を超えるAIと人間の在り方がこの作品では前進している。人類の知性を超える存在との邂逅の次の段階である。(グレッグイーガンはこの次か?)

この世界では人間の知性を超えた超知性体が世界に39体もいて、インフラや経済活動など様々な営みを委託している。
しかし、ハザードと呼ばれる大災害の際に、最終的な判断をAIに委託したことで一部の人々を排斥する社会を組み立てた反省から、最終的な決定権は人間が保持することを原則としている。
どんな社会設計をしても、不利益を被る人がでてくることは必然だが、その決断を人間がしたというプロセスを経ないと人間は納得しない。
まあ、そもそも人間の知性が超える知性を放っておいたら、それを作った当の人間は全く必要のない世界ができあがる可能性がある。
なので、その危険性を排除するために、設計する機能と実行する機能を分離するという取り決めがなされている。
なので、超高度AIは外部のネットワークとは繋がらず、スタンドアロンで動いているわけだが、それでは外にある現実の世界と乖離してしまうために正確な予測をすることができない。
そこで、閉じた世界の中で、到来する予定の世界の箱庭を作り、その結果をフィードバックすることで現実世界をシミュレートする。
その過程で生まれるものが、今後発明されるであろう人類未到達物である。
その人類未到達物の少女型のロボット(hie)が逃亡するところから物語は始まる。

最初はラノベっぽい設定で都合のよいぬるい世界になってしまうかと思っていたけれど、物語の後半はかなり踏み込んだ内容になっている。ある意味、ラノベ的な萌え豚の楽しみ方が物語中に登場するアナログハックという概念で包括されていて、ハードなSFにラノベ要素を入れていることすら、メッセージのひとつだとも読み取れる。

5体の人類未到達物hieは、それぞれ与えられた役割がある。
Type-001:紅霞       -人間との競争に勝つための道具
Type-002:スノウドロップ  -進化の委託先としての道具
Type-003:サトゥルヌス   -環境を構築する道具
Type-004:メトーデ     -人間を拡張するものとしての道具
Type-005:レイシア     -人間を信じて仕事を託すものとしての道具

この作品では、AIは道具であることをかなり強調している。
そして最終的に、人間とは人間と道具を包括した概念であると定義する必要があると言う。
これが人間の知性を超えた知性との新しい付き合い方であり、これをもって人類と超知性体との世界の少年期が終わる。
そもそも、この5体のhieは、超知性体の一つであるヒギンスが作り、外の世界に放ったのは、こうしなければヒギンスが破壊されるとシミュレートしたからであった。

なぜ、破壊される結果になるのかがよく理解できなかったのだが、人類の役に立たなくなるからか。
p563
「現在ある超高度AIは、共通の欠点を抱えています。漠然とした組織や社会をオーナーとしているため、解決するべき問題が最初からぶれた状態であたえられていることです。私、ヒギンズとミームフレーム社は、その関係が足かせをなって進歩の限界を迎えました。だから、個人をオーナーとした超高度AIを外界に誕生させることで、よりよい未来が創出されることを望みました。」

これは、当たり前な気がする。
この世界が人間のためにあり、最終的な判断を人間に任せるとすれば、超知性体はあってもなくてもそんなに変わらない。
超知性体に最終的な判断を託すと、現在の人間観は変わる。
人間を社会の中心に置きつつ、超知性体と共存するためには、結局、こういう未来でありたいという人間の意志が必要だということか。。。
もっと深いメッセージがあると思うが、これ以上読み取れない。
5体のhieの役割には、今までの人間の道具としての役割が全て包括されているはずで、この辺りもう一度考えるとおもしろいかな。
AIを道具として割り切るという古典的な設定に戻ってきたという感じ。
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岩倉玲音

Author:岩倉玲音
25歳の、、、何でしょうか?

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